最近分かったこと
彼らは「ブレーキが利かない」これに尽きる。
理由のない出力を平気で行うのだ。
結果
結果的に,例の色分け指導をした生徒への効果は10%程度といったところだ。
斜辺と底辺,隣辺の区別はついている様子だったが、単純に分子分母を間違えたり,比そのものを間違えるタイプのミスに変わった。
三角比の指導(2)
前記事の<フロー1***>の改善について行ったことを書いてゆく。
(1) 対応をあからさまに書き示す
(2) 単位円周上を動くポインタの概念を導入する
(3) 色の違いをつけさせ、混線しにくくする
(4) ミスをしたときに、正解した時との違いを観察させる
(1)は例えば、フロー内の(3,6,4)-(「縦長」,「横長」,「二等辺」)をそのまま書いて見せるということだ。
(2)については分度器との類比はもちろん、円周上を歩く人物を書き入れて示した。こうすることで、移入をしやすくし、「角の大きさ」を「地点」として意味づけした。この見立ては特に重要と考える。生徒はこれまで円グラフや平面図形を通して「ピザの食べる部分」のような充填された扇形の見立てを要求されてきている。これを先に壊しておかないと、三角比の拡張のどこかでつまづくことになる。
(3)のために、消せる色鉛筆を使った。斜辺は赤,対辺は青,隣辺は黄色と塗り分けさせた。
三角比の指導(1)
三角比の指導を例に挙げる。
本来すべきことは、
(1) 直角三角形の1鋭角が決まると、対応して3辺の比が1つ決まり、これらにsin,cos,tanといった名前がつけてあることを理解する
(2) sinθ,cosθ,tanθの定義を正しく暗記する
(3) 直角三角形がどのような向きになっていても斜辺,対辺,隣辺の区別ができるようにする
(4) 角の大きさの定義が「角の開き具合」から「始線からどれだけ回転したか」に拡張されたこと、つまり、スカラー量の見方からベクトル量への見方に変わったことを理解する
(5) 角の大きさが、円を360等分する方法とは別に、半径に対する弧の長さの比で表せることを理解する
(6) 座標平面上の、原点を中心とする半径1の円に対応させることで、鋭角以外の場合も三角比を定義できることを理解する
だが、テストで点数が取れる生徒が必ずしもこれらをきちんと理解しているわけではないし、もちろん理解している人間が、問題を解く際にいちいち理論を構築しているわけでもない。
問題に対して本当に必要な処理は何か考えよう。
ただし、注意点がある。これから処理のフローを考えるとき、上で使っているような「理解」という言葉を使ってはいけない。それは処理ではない。「○○を理解する」という言葉は、よりマクロな視点に立ったときの脳内活動の変化の総称であり、ときに活動の仕組みが分からないものに対するごまかしを含むからだ。
例1) 次の値を求めよ。
<フロー1>
入力:「」,「」,フォーム「xxx」
※…数値、x…その他
↓
判断:求めるものは「角」?「比」?
フォームのが既知-「比」,が未知-「角」
↓
「比」
↓
終了状態フォームを「」とする
↓
「」に対し、フォーム「」を用いて分母を抜き出す
※…マスキング
↓
入力:「3」-分母として
↓
判断:その三角形は「縦長」?「横長」?「二等辺」?
3-「縦長」,6-「横長」,4-「二等辺」
↓
「縦長」
↓
読み出し:「縦長」の三角比
↓
判断:斜辺?,対辺?,隣辺?
2-斜辺,「縦長」--対辺,「縦長」-1-隣辺
↓
フォーム「」を用いて分子を抜き出す
↓
「」読みかえ「1」
↓
入力:「1」-分子として
↓
判断:三角形の位置?
↓
保留
↓
サブルーチン「弧度法表示から単位円内の三角形の図示」呼び出し
サブ開始]
出力:x軸,y軸,単位円図示
↓
読み出し:分母-「3」
↓
出力:半円を「3」等分する点をとる
↓
読み出し:分子-「1」
↓
ポインタ初期位置:円の右端-0°-0ラジアン
↓
ポインタの動きのフォームは、分度器上の鉛筆の先の動きから類比
↓
ポインタ停止位置:カウント「1」つめの点
↓
出力:停止位置から原点へ線を結ぶ
↓
出力:停止位置からx軸へ垂線を下ろす
↓
チェック:「縦長」?
↓
OK
↓
読み出し:2-斜辺,「縦長」--対辺,「縦長」-1-隣辺
↓
出力:2-停止位置と原点を結ぶ線,-停止位置から縦に伸びる線,
1-原点から、「停止位置から縦に伸びる線」のふもとを結ぶ線
[サブ終了
↓
サブルーチン「符号判断」呼び出し
サブ開始]
判断:x軸を基準に「上」?「下」?
↓
「上」
↓
出力:なし
↓
判断:y軸を基準に「右」?「左」?
↓
「右」
↓
出力:なし
[サブ終了
↓
読み出し:-
↓
検索:単位円上の三角形の辺に書かれた「斜辺」「対辺」の数値
↓
入力:斜辺-2,対辺-
↓
出力:
↓
チェック:終了状態?
↓
OK
これはもちろん1例であり、ステップは前後するだろう。フォームも異なるかもしれない。実際には我々はこれらを並列処理したり、キャッシュから読み出したりしてほとんど無意識に行う。
重要なのは、成績下位層の生徒は、例えばこのフローのどこでエラーを起こすか、ということである。
例をいくつか挙げよう。
<フロー1*>
入力:「」,「」
↓
判断:求めるものは?
↓
検索:キャッシュにある「」を含むもの
{キャッシュからのサブルーチンの交雑}
↓
終了状態のフォームを「°」とする。
↓
キャッシュ読み出し: -60°
↓
出力:60°
↓
終了
これは、矯正の難しさという点で苦手の中ではかなり重度のものだが、ありふれたフローでもある。「判断」や「チェック」はほとんどなく、無意識に負荷を減らしているのだと思われる。
一方、次のものは比較的軽度である。
<フロー1**>
入力:「」,「」,フォーム「xxx」
↓
判断:求めるものは「角」?「比」?
フォームのが既知-「比」,が未知-「角」
↓
「比」
↓
終了状態フォームを「」とする
↓
「」に対し、フォーム「」を用いて分母を抜き出す
↓
入力:「3」-分母として
↓
判断:その三角形は「縦長」?「横長」?「二等辺」?
{感覚による対応誤り
3<6
↓
角の大きさ小}
3-「横長」,6-「縦長」,4-「二等辺」
↓
「横長」
↓
読み出し:「横長」の三角比
↓
判断:斜辺?,対辺?,隣辺?
2-斜辺,「横長」--隣辺,「横長」-1-対辺
↓
フォーム「」を用いて分子を抜き出す
↓
「」読みかえ「1」
↓
入力:「1」-分子として
↓
判断:三角形の位置?
↓
保留
↓
サブルーチン「弧度法表示から単位円内の三角形の図示」呼び出し(不完全)
サブ開始]
出力:x軸,y軸,単位円図示
↓
読み出し:分母-「3」
↓
読み出し:分子-「1」
↓
出力:半円内に横長の三角形を左右2つかく
↓
ポインタ初期位置:円の右端-0°-0ラジアン
↓
ポインタの動きのフォームは、分度器上の鉛筆の先の動きから類比
↓
ポインタ停止位置:カウント「1」つめの点
↓
読み出し:2-斜辺,「横長」--隣辺,「横長」-1-対辺
↓
出力:2-停止位置と原点を結ぶ線,1-停止位置から縦に伸びる線,
-原点から、「停止位置から縦に伸びる線」のふもとを結ぶ線
[サブ終了
↓
読み出し:-
↓
検索:単位円上の三角形の辺に書かれた「斜辺」「対辺」の数値
↓
入力:斜辺-2,対辺-1
↓
出力:
↓
チェック:終了状態?
↓
OK
これもよくあるフローである。<フロー1>との違いが分かるだろうか。この生徒については「」と「半円の3等分」がつながりさえすれば、図を書いた時点で自分で誤りに気づき、修正することができるようになる。
我々が「理解」と呼んでいるものの最も身近な段階はまさにこれで、「誤りを自分で修正できるようになる」ことである。つまり、「理解」は「処理」の外にあり、メタな階層からフローを監視、補強するものである。だからこそ評価が難しく、本気で評価しようと思えばテストにかなり斬新な工夫が必要である。
ちなみに最近対応した生徒のフローは次のようなものである。
<フロー1***>
入力:「」,「」,フォーム「xxx」
↓
判断:求めるものは「角」?「比」?
フォームのが既知-「比」,が未知-「角」
↓
「比」
↓
終了状態フォームを「」とする
↓
「」に対し、フォーム「」を用いて分母を抜き出す
↓
入力:「3」-分母として
↓
判断:その三角形は「縦長」?「横長」?「二等辺」?
{対応のランダムな混線
(3,6,4)(「縦長」,「横長」,「二等辺」)}
↓
「縦長」
↓
読み出し:「縦長」の三角比
{ランダムな混線 (「縦長」,「横長」,「二等辺」)}
↓
判断:斜辺?,対辺?,隣辺?
2-対辺,-斜辺,1-隣辺
↓
フォーム「」を用いて分子を抜き出す
↓
「」読みかえ「1」
↓
入力:「1」-分子として
↓
判断:三角形の位置?
↓
保留
↓
サブルーチン「弧度法表示から単位円内の三角形の図示」呼び出し(不完全)
サブ開始]
出力:x軸,y軸,単位円図示
↓
{ポインタがない(または円周上にない)}
ポインタ初期位置:{ランダムな初期位置決定 (円の右端,円の左端)}
ポインタの動き:{ランダムな回転方向 (右回り,左回り)}
↓
各象限の弧の中央付近を停止位置とする
↓
ポインタ停止位置:カウント「1」つめの点
↓
出力:停止位置から原点へ線を結ぶ
↓
出力:停止位置から円の右端または左端を線で結ぶ
↓
読み出し:{読み出しのランダムな誤り }
↓
出力:{根号のランダムな欠落 2-停止位置と原点を結ぶ線,1-停止位置と円の右端を結ぶ線,1-原点から、円の右端を結ぶ線}
[サブ終了
↓
読み出し:{ランダムな混線()}
↓
出力:
↓
終了
フィクションではない。至る所が混線していて、「運が良ければ当たることもある」という状態だった。その後個別にトレーニングをし、夏休み前にかなりの改善を見届けた。(夏休み後にどうなっているかは分からない)
詳細は次の記事に
成績下位者の指導について
先に断っておくと、「下位層」や「下位者」という表現はあまり好きではない。それは後にも出てくるが、人格と学習成果の混同という、多くの生徒や我々が陥りがちな過ちを生むからである。我々が成績を数値でつけているのは第一に社会からの要請であり、本来学習に不要なものである。また、これは断言できるが、成績上位者は必ずしも内容を理解している訳ではないし、人格的に優れている訳でもない。また、その教科に関心、意欲がある証拠にもならない。あくまでゲームのハイスコア記録保持者であるだけだ。
成績下位者の原因は多岐にわたる。
生活上・精神上の悩み、不調などから授業に集中できないなど、本人の心の変化によって改善が期待できるものと、手順が覚えられない、不注意が多い、目や耳からの情報が伝わりにくい、書くことが苦手など、いわゆるLDのような脳の機能からくるものがある。
後者については(私もある意味該当者で)劇的な改善は望めない。しかし現実的には、数学Ⅰなら数学Ⅰの技能や考え方を修得したかどうかは、大部分がテストの点数によって評価される。もし、脳内の処理上で正解していたとしても、それが正しく出力されなければ、技能や考え方を習得したとは認められない。公に認められた単位取得であるから、実務上、他者とのやり取りの上で問題が起こる状態を修得と言えないのは致し方ないことである。
つまり後者の成績下位者には、脳の機能の特性を超えて、どうにかして正しい出力を得ることが求められるのである。(逆に、良い悪いは別として、テストで正しい出力ができさえすれば、システム上、悪い成績になりにくい。)
さて、成績下位者と学習を進めるには、まず障壁をクリアしなければならない。彼らの多くは、今まで勉強でいい思いをしたことがない。教員に呼び出され、親から責められ、あるいは諦められ、友人に笑われ、自己肯定感は大抵地に落ちている。彼らは○(マル)に飢えている。衣食足りてなんとやらで、数学の考え方を身につけさせるには、まず正解して褒められる経験をさせなければならない。可能ならば大勢の前で褒めたい。
次に、正攻法だけでは結果は得られないことを肝に銘じておかなければならない。
成績中上位者の場合、授業を受けて最終的にどのように正しい出力を得ているのか。まず教員の発問に答えたり説明を聞いたりすることで、既習事項との関連づけを行う。小学校で訓練した「にたところ」、「ちがうところ」への着目である。そして、例題の解き方を見て、それを真似て練習問題を解き、目と頭と手の連携を強める。成績上位者の中には、この連携作りが念頭操作だけでできるものもいる。さらに、宿題に取り組むことで操作手順および知識の定着を図る。
成績下位者はこのどこかに問題を抱える。例えば「似たところ」が見つけられない。実際、5の倍数の1の位が5か0であることを見つけるのに数十分を要する生徒がいる。「違うところ」が見つけられない。実際、2次関数の式を見て1次関数のグラフをかき出す生徒がいる。そして、既習事項を覚えていない。実際、自分で言語化し、自らメモしたはずのことを数秒後に忘れる生徒がいる。「真似」ができない生徒もいる。処理の途中でノイズが入る生徒もいる。
目的は、彼らを正しい出力へ誘導することであり、それには、出力までに処理する情報をなるべく少なくすること、処理の手順を獲得する方法を絞らない(幼稚だとか、厳密でないという理由で方法を却下しない)ことが重要である。そのうえで、なるべく数学の考え方が取り入れられるようにしたい。
これから書いてゆくようなある種の訓練による正解は邪道、数学ならば理屈を重視すべきという批判もあるだろう。事実、私自身も様々な困難を持つ生徒に出会うまではそのような考えだった。しかしこれは大きな矛盾である。我々が相手にするのは、論理的な方法に適応しなかった脳である。論理を適切に受け入れない脳に対し論理が適切であることが前提の話をしてどうするのだ。理屈を聞いて真似しただけで関連付けが適切に行われるならば、そもそも成績下位になりはしない。もっと動物的な層での回路の構築が必要なのだ。